TOKYO ACOUSTIC NITE FINAL

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Facebookでアコナイファイナルの話しが出ていたので、当時の事を語ろうか。

1998年6月19日 新宿 日清パワーステーション
井口一彦/小山卓治/田中一郎+斉藤光浩/服部祐民子/大森洋平/ミヒロリョウ

事務所との契約を継続せず、音楽からは遠ざかった生活をしていた。
今のようにセルフマネジメントで活動する事は、格好の良いものではないという風潮もあったように思えるし、都落ち的な捉え方をされるのが嫌だったのもある。
何よりも、プライベートの精神面で、穏やかな生活を望まざるを得ない状況だった。

この『アコナイファイナル』のひと月半くらい前に電話があった。
ディスクガレージのK氏からだ。

そもそもアコースティックナイトの企画を企てたのは、このK氏とパワーステーションのT氏、当時のマネージャーであるS氏。
当初、とあるアーティストと井口一彦との共演的な発想から生まれたイベントだったが、急遽オムニバスイベントに変更された経緯がある。
当然各回、全てボクの人選というわけではなく、この3者の目がバラエティにとんだ出演者の魅力を引き出したのだろう。

そんな彼からの電話。

チケット発売直後、売上が見込めないという事と、当然発起人である井口に是非とも出て欲しいと。

一週間だけ返事を待ってくれと言ってその日は電話を切った。

当時はネットなんてなかったし、皆の声がボクの耳に届く事もなく、果たしてボクの持つネームバリューが如何程のものなのかは全く分からなかった。
一週間後K氏に訊いた。

「ボクの出演によってチケットは売れるのですか?」と。

心を揺さぶるとか、揺り動かされる時には理屈なんていらない。
ただ、精神面での保険的に大義名分が欲しいものだ。

結果的にチケットは思惑通りに売れ、ステージに上がったあの時の高揚感は今でも覚えている。
このイベントのために作ったワケではないけど、時期的にもかなりリンクしている『”TOKYO”』の時に照明を明るくしてもらったのは、実は事前に照明スタッフの方にお願いしに行っていた。
他のアーティストの演奏中にそっと行って、「ボクの合図で明るくして下さい」と。

あんなに沢山ツアーをやって、色んな場所を旅して来たけれど、全てのライヴの場面を覚えている。

今年の11月23日に出演する事になった富山のカフェロック。
僕らの『志』みたいなもの…
いわばDNAを受け継ぎ、継続している富山の彼の姿も、その客席に見た記憶が印象的だ。

あの日ボクの心の中は少々複雑だった。

これがホントの最後かも知れない。

演りたくなるかも知れない。

両極に置かれた気持ちは、その後の復活へと繋がる大きな意味を持っていたのかも知れない。

打ち合わせの明るさだけでは事足らずに、客電まで点けてもらったのは、そんな思いが交差するボクの想いだった。

TOKYO ACOUSTIC NITE
このイベントに関しては、沢山語りたい事がある。
それはまた別の機会に…。

投稿者: kazuhiko-iguchi

1966/11/23 東京都出身 1988年 THE HEARTのヴォーカル&ギターとして、MotherEnterprise、Mother and Childrenレーベルよりデビュー。 1992年のバンド解散後はソロとして活動。 2005年の再結成を経て、 2016年本人の再始動と秋の再結成を発表。

“TOKYO ACOUSTIC NITE FINAL” への 1 件のフィードバック

  1. 復活おめでとうございます(*´∀`)♪井口さんの歌声がスゴい好きでもっと若い頃毎日のようによく聴いてました!懐かしい( ☆∀☆)最近知ったことなんですが、ワタシ、井口さんと誕生日一緒ですね(σ*´∀`)遠方にてライブは行けないのですが、秋田から誕生日お祝いしましょう( ^-^)ノ∠※。.:*:・’°☆

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